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東京高等裁判所 平成3年(ラ)149号 決定 1991年7月03日

抗告人(債権者)

ジヤント株式会社

右代表者代表取締役

笠原野富幸

右代理人弁護士

永井均

天野実

天野陽子

相手方(債務者)

有限会社ユタカ衣料

右代表者代表取締役

坂本隆雄

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

第一抗告人の主張

(抗告の趣旨)

一原決定を取り消す。

二相手方は、原決定別紙物件目録記載の各物件(以下「本件物件」という。)に対する占有を他人に移転し、又は占有名義を変更してはならない。

三相手方は、本件物件の占有を解いて、これを執行官に引き渡さなければならない。

四執行官は、本件物件を保管しなければならない。

五執行官は、相手方が本件物件の占有に移転又は占有名義の変更を禁止されていること及び執行官が本件物件を保管していることを公示しなければならない。

(抗告の理由)

別紙即時抗告申立書のとおり。

第二当裁判所の判断

一本件抗告の要旨は、抗告人が相手方に対して本件物件を売り渡したことにより、抗告人は、本件物件について動産売買の先取特権を有するところ、先取特権者として相手方に対し、本件物件についての差押承諾請求権を有するので、同権利を被保全権利として、抗告の趣旨記載の仮処分を求めるというのである。

二抗告人がその主張の先取特権を有することは本件記録中の疎明資料によって明らかである。

そこで、先取特権者が債務者に対して、抗告人の主張する差押承諾請求権を有するのかどうかについて検討する。

担保物権による目的物の占有に対する支配ないし作用の態様は一様ではなく、それぞれの担保物権の性質に応じた定めがされているところであるが、これを目的物の所有者の立場からみると、担保物権による占有の支配がないかぎり、当該目的物の利用や処分に関する自由が保障されているものということができる。したがって、担保物権の実行に関する規定の解釈において、それが目的物の占有に関わるものである場合には、ひとり担保権の実現に関する担保権者の利益のみを重視することは相当ではなく、所有者の占有に関する利益をも考慮し、これとの調和を図る必要があるものといわなければならない。

これを動産売買の先取特権についてみると、動産売買の先取特権は、動産の売買によって当然に発生するものであって、権利者は、民事執行法の定めるところに従って権利を実行し、優先弁済を受けることができるが、目的物を直接支配したり、債務者の占有を取り上げて自らこれを占有する権利を有するものではなく、債務者による目的物の譲渡や引渡を阻止する権能を有するものでもない。そして、目的物が債務者によって第三者に譲渡され、その引渡しがされたときは、先取特権は、もはや目的物に及ばないものとされている(民法三三三条。いわゆる追及効の否定)。したがって、その反面において、動産売買の目的物の所有者には、その利用や処分についての広範な自由が保障されているのであるから、動産売買の先取特権の実行の方法についても、このこととの調和について十分な配慮が必要であるということができる。

ところで、民事執行法一九〇条によれば、動産を目的とする担保物権の実行は、債権者が執行官に動産を提出した場合、又は動産の占有者が差押えを承諾する文書を提出した場合にのみ許されるものである。同条がこのように動産を目的とする担保物権を実行する場合を限定したのは、一つには、動産に対する担保権の存在を文書によって証明することが困難であることに鑑み、これに代わる方法として、債権者による目的物の提出又は債務者による任意の差押承諾書の提出(これらはいずれも、担保権の存在を推認させる徴表である。)をもって競売の実行の要件としたことによるものというべきであるが、同時に、先取特権のように、物の占有についていかなる効力も及ぼさない担保物権も存在することから、その実行の方法を右のように限定することが、動産を目的とする担保物権の性質及び効力に適合しているからであると考えられる。そうであるとすれば、先取特権の実行としての競売が許される場合を解釈によって拡大し、債務者が差押えの承諾義務までも負い、その判決をもって差押承諾書に代わるものと解することは、承諾義務を前提とした占有移転禁止等の保全処分を許容するなど、結局先取特権者による所有者の占有に対する干渉を是認する結果となり、前述した両者の間の調和を乱すものであるから、民事執行法の右規定の趣旨に沿わないものといわなければならない。

なお、差押えの承諾請求権を認めないとすると、動産売買の先取特権者は、自ら目的物を占有する場合のほかは、債務者の協力がなければ競売を申立てることができず、ことに債務者が破産した場合には、別除権者でありながら破産管財人の協力がなければ権利を実行することができないこととなるが、一般には、他の債権者の申立てによる強制執行又は競売の手続において売得金からの優先弁済を、債務者が破産した場合には、破産管財人がする目的物の換価手続において換価金からの優先弁済(破産法二〇三条)を受けることができるのであるから、右のように解したからといって、債務者又は破産管財人の協力のない場合に先取特権による優先弁済を受ける機会が全くないわけではない。

三そうすると、抗告人が被保全権利として主張する、本件物件についての差押承諾請求権を肯認することはできないから、本件仮処分の申請は、その余の点について検討するまでもなく、失当であることが明らかである。

よって、これを却下した原決定は相当であって本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官橘勝治 裁判官小川克介 裁判官南敏文)

別紙即時抗告申立書

当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり

右債権者と債務者間の東京地方裁判所平成三年(ヨ)第一〇一〇号動産仮処分命令申立事件について、同裁判所(民事第九部)が平成三年三月七日に仮処分申立却下決定に対し、全部不服であるので即時抗告の申立てをする。

原決定の表示

主文

一、本件申請を却下する。

二、申請費用は債権者の負担とする。

即時抗告の趣旨

一、原決定を取消す

二、相手方は別紙物件目録記載の各物件に対する占有を他人に移転し、又は占有名義を変更してはならない。

相手方は、右物件の占有を解いて、これを執行官に引き渡さなければならない。

執行官は右物件を保管しなければならない。

執行官は、相手方が右物件の占有の移転又は占有名義の変更を禁止されていること及び執行官が右物件を保管していることを公示しなければならない。

との裁判を求める。

即時抗告の理由

一、原審は「先取特権者に差押承諾請求権を認めることは、先取特権者が債務者の目的動産に対する支配を喪失させることができることになり、結局、目的動産の引渡請求権を肯定するのと実質的に同じ結果になるから、動産先取特権の効力として差押承諾請求権を認めることはできない」とする。

二、しかしながら、動産の先取特権の性質、効力については、目的物の引渡請求権そのものは認められていないが、債務者に対し差押承諾請求権を有すると解すべきである。

すなわち、東京高等裁判所の平成元・四・一七付判決(判例タイムズ六九三号二六九頁)において、次のように判示されている。

「動産売買先取特権が担保物権としての地位を与えられ、その権利行使の方法として競売が認められている以上、その権利行使の可否を債務者の意思にかからしめ債務者の任意の承諾がなければ競売をなしえないとすることは、担保物権の性質に反し、かつ被担保債権につき優先弁済権を認められた先取特権者の地位を有名無実のものとし実質上これを否定するにも等しく相当でないといわなければならない。

確かに、動産売買先取特権者の債務者に対する差押承諾請求権については、実体法上これを認める明文の規定があるわけではなく、また、担保権の実行としての動産競売の要件に関する民事執行法一九〇条の規定も、先取特権者(債権者)が目的物又はその占有者の差押証明文書を提出したときに限り、競売を開始する旨定めていて、動産売買先取特権者の債務者に対する差押承諾請求権の存否については直接触れるところがない。

しかしながら、実体法上認められた権利が手続法規のためにその権利実現の方途を閉ざされることは、本来実体法上の権利実現の手段たるべき手続法規の本質に鑑み一種の背理たるを免れず、かような実態は、法令の解釈に当っても、それが他法令との整合性ないしは当事者間の公平に反しない限りできるだけこれを回避するよう工夫を施すことは法令の解釈適用上合理的なものとして是認されるべきである。したがって、動産売買先取特権に競売権が認められている以上、法令上差押承諾請求権を認めた明文の規定がないからといって直ちに右請求権の存在を否定し去ることは上記説示の趣旨に反するといわなければならない。また、民事執行法一九〇条の規定は、債権者が目的物又は差押承諾証明文書を提出しうる場合に即して規定したものであって、先取特権の実体法上の効力まで制限するものではないと解すべきであるから、本件のように目的物の占有者が差押えを任意に承諾しない場合に、動産売買先取特権者の権利行使を一切許さない趣旨を含むものとは解されない。

右のとおりであるのみならず、債務者が目的物を所有し、現にこれを占有している場合には、債務者は原則として動産売買先取特権者の権利行使を阻むべき何らの正当な理由はないというべきであるから、その権利行使すなわち動産競売にかかる目的物の差押えを承諾する義務があるといわなければならない。したがって、債務者が既に債権者に対し売買代金の弁済の提供をしたときその他債務者において差押えを拒否する正当な理由がある場合は格別、そうでない限り債権者は動産売買先取特権者として債務者に対し差押承諾請求権を有すると解するのが相当である。」

三、したがって、本件のような場合には、動産売買の先取特権者としては、債務者に対し目的物の差押えの承諾を求め、右承諾を命ずる判決があった場合には、これをもって民事執行法一九〇条にいう「差押えを承諾することを証する文書」として、競売の申立てをすることができるというべきである。

以上により、動産売買の先取特権者は目的物を所有、占有している債務者に対し、目的物の差押えの承諾を求める権利を有しているものと解すべきであり、このことを否定し、抗告人には被保全権利がないとして本件仮処分申請を却下した原決定は失当というべきである。

右申立人代理人弁護士 永井均

同          天野実

同          天野陽子

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